†でおきしブログ†

ウナギ食べたいヽ(•̀ω•́ )ゝ✧

10年ほど使い続けたSNSにセレンディピティが宿る

人はすぐに疎遠になる。
ネットでも同様で、数年前にフォローした人の事など忘れてしまう。そういったものが何年も積み重なっていく。

そして誰だろう?と思いながらも興味のあるポストであればLike&Retweetする。

これこそ「セレンディピティ」(偶然の出会い)であると思うんです。過去の自分が選んだフォロワーの情報からの出会い。

あらかじめ興味のある事柄をインプットしたシステム側から、ポストされる記事との出会いを、そんな作られた出会いをセレンディピティと呼べるのだろうか?と、「セレンディピティ」という言葉が散見されるようになった2010年頃の僕は思っていました。

自分の選択が僅かながら影響し、溜まりに溜まったデジタルミルフィーユからのポストは、始めたてのデジタルサービスのヒンヤリとした感覚とは異なり、どことなく温かみを帯びているんです。手垢だらけなんです。

ネットの栄枯盛衰はここ20年ほど、色々見られていましたが、長く続いているサービスを使い続けたユーザーは、これまで体験した事のないデジタルウォームを感じられているのかもしれない。


この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術 (青春文庫)

この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術 (青春文庫)







lain…。貴方のWiredと現実の境界があやふやになっていった感じは、アニメ公開から20年経過して、わりとコチラでも現実味を帯びはじめています。Vtuberおじさんが急激に増加した事がその証左であるように思うのです。誰しもが現実とは異なるペルソナへの転位を望み、エンジョイしようとしている。