☆Number「3」
1億2千万ぐらいが日本国内の人口らしいのだけれど、見渡せる世界は自分か他人数名で目一杯。
他人自体も、自らのフィルターを通した情報として都合よく加工されており、実質は自分ヒトリである。他人が1億人いても同じ事なのだ。
しかしながら他人が1人と2人の場合では、バリエーションが異なるように感じている。
2人以上増えても同時に認識する事が難しい気がするので、世界のバリエーションは自分以外の2人で構築できるように感じている。
自分を含む3人が、互いに不自由なくコミュニケーションが取れたなら、それはもう「世界」と言えるんではないかと推察する。
3人もいたら十分だ。少なくとも自分から見渡せる世界においては。
“三人寄れば文殊の知恵”だとか“三脚”だとか“三角メッシュ”だとか、最小単位としての「3」は2よりも途端に安定感が出る不思議な数字である。
ただし、持続的関係性のある2人を見つける事は意外に困難な事であり、瞬間的にそういう関係性があったのならば大切にすべきなのだ。
☆ZERO「0」
君以外がZEROならば、たとい周囲に人が居ても居なくて孤独を感じているだろう。
ZEROの現実は君自身が招いた結果である。