おはこんにちばんわ。
deokisiです。
今日何をするか決まっていますか?
迷い無く計画通りに決まっているならば、貴殿は情報の取捨選択がキッチリできた立派な方です。
人生はチョコレート箱ってお話がとある映画に出てきますけれど、そもそもチョコレートの箱を開ける事を選択する権利がまずあります。
開ける事によって何かを観測せしめる行為、つまり情報を取得する行為を選択する権利があります。
チョコレートの箱でもパンドラの箱でもシュレディンガーさんのマッドBOXでも、なんでも良いです。
僕らはいくつもの選択の結果、カオスの紡いだフィルターを通り抜けた一つの雫です。
選択の幅は若いときほどたくさんあります。
健康な体と時間がなければ、情報咀嚼は十分に行えないからです。
老人になると、情報をまともに咀嚼する事もできずに情報を選択しても口にいれずにポイッします。
結婚式の足元のバケツみたいに。
否定も肯定も無いあまりに自然な情報選択行為であるものの、そこから導き出された結果に人間は嘆いたり喜んだりする愉快な生物であります。
生まれた頃からある程度、情報の幅を制限された子供が立派に育つ人生。
自由奔放に生きて、貧しいものの楽しい人生。
箱をあけずにとじこもった人生。
情報選択のカオスの雫は、人それぞれです。
情報はとても美味しいです。
僕らは良くも悪くも知性があるので、情報を美味しく喰らう事ができます。
情報は料理と同じようにある程度調理されたカタチであったほうが美味しく頂けます。
本や新聞とかが分かりやすいですよね。
本とかが嫌いな人も結構いるかと思うのですが、これって子供の頃に強要されて嫌いになってしまった不幸なタイプだと思うんですよね。
僕もあまり好きじゃないですが、自分の好きなジャンルの本であれば狂ったように没頭して読む自身はあります。
本来、情報を喰らうべき子供が情報を避けるようになれば、それって完全に拒食症なんですよね。
「ごはんを沢山食べて元気に健康に育って欲しい」。同じ事が情報にも言えるわけです。
もちろん、情報を取り込む方法は読み物だけじゃなく体を動かしたり触ったり食べたり他の5感も多いに使います。
好き嫌いがあっても別に良いと思うのですが、いずれにしても情報を食べる事には慣れた方が良い。
恐らく小学校低学年に伝えるべき事はこれだけで十分であろうと思います。
いい歳して情報の食べ方が解らないとかって格好悪いだけですから。
情報の基本的な食べ方が分かれば、情報の取捨選択を行っていきます。
立派な人は、早々に情報の選択について計画(人生設計とも言えます)できます。
僕みたいな人間は、死ぬまでフラフラしています。
さぁて今日はなにしようかな