†でおきしブログ†

ウナギ食べたいヽ(•̀ω•́ )ゝ✧

生きること

高校生くらいの時に、生きる意味は何だ?ってすげー悩んでわからなかった。
多分、2年間ぐらいぼやーっと考えてた。

社会人になって、毎日を過ごす中で生きてる意味ってなんだろうと思ってた。


ここ最近は、生きる事に理由なんて無いと結論づいた。


何故生きていけるかというと、生存する意思があるからだ。本能とも言うかもしれない。
もちろん、栄養摂取や睡眠とか愛とか娯楽とかいろいろ必要な事もあるけれど。


生存する意思だけが我々を地上にとどまらせる。
いろいろ悩みもあるだろうが、今とどまっている事は意志がある証。


だから、あらがわずに意思に従おうと思った。



シンプルな答えが出ると、お気楽に生きていける。
悩み事が多い人はおっぴろげにお気楽になったほうが良いと思う。


子供の頃に酷く心を締めつけられていた事は、大人になったら大した事じゃない事もある。
それは、大人だって同じだと思う。


くだらない事に頭悩ませる事は、意思に従っていない可能性がある。


諸事情があり、甘んじて悩まざるおえない場合もあるかもしれないけれど、いろんな角度から解決に至るアプローチを考えられる余裕だけは、絶対に無くさない方が良いと思う。

それでもどうしようもなければ、後を濁さずに全力で回避しても良いだろう。

ちょっとした実体験だけれど、僕は地方の工場で働いていた事がある。
同僚にも恵まれ自然も豊かなとても良い場所であったが、とてつもなく仕事が楽しくなかった。
長時間に渡り残業しても何一つ達成感がなく、ワクワクもしなかった上に給料も安かった。

「もっと楽しい事がしたい」このまま良く分からないまま生きていきたくない・・・、そう思ってた事がありました。
しかしながら、転職の不安と中途半端に生活できる現状から抜け出す事がなかなかできずに、ダラダラと過ごしていました。

ある時、くだらなさ と 疲労 のピークが一気に来て、それまで悩んでいた事が嘘のように辞職を決意しました。
多分、生存本能が働いたんでしょうね。

いやー、よかったよかったよ。



僕の場合はこんなふうに切り替える事ができましたが、何もかも仕事に忙殺されてやりたい事も何も出来ずボロボロになっていく人達が沢山います。
恐らく、地方の方がこうゆうタイプの人多いんではないかと思います。

特に真面目な若い人達はもうちょっと柔らかくお気楽に、自分を傍観してもらいたいと思う。



とてもシンプルな事だけど、"楽しい"って事は生きる意思を強固にさせます。

せっかくなんで楽しまなきゃそんそん。



かくいう僕もまだまだ人生の楽しさなんぞ、ほとんどわかっていないでしょう。
だから、もっと。もっと。楽しい事をしよう。



以上、駄文失礼しました。

適当教典 (河出文庫)

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